2007年10月30日

アレンスキー ピアノ五重奏曲&ピアノ三重奏曲第1番

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アレンスキー ピアノ五重奏曲&ピアノ三重奏曲第1番
セルゲイ・クドリャコフ(ピアノ)、篠崎史紀、清水醍輝(ヴァイオリン)
佐々木亮(ヴィオラ)、木越洋(チェロ)
2005年録音
あ桂音 AKANE1013


  ピアノ三重奏曲第1番ニ短調Op.32があまりにも有名なアレンスキーだが、そのロシア・ロマンの極致をほかの室内楽で堪能できる格好の1枚。アレンスキーは、来年の2006年に没後100年を迎えるが、それに先立って企画、リリースされたもので、ピアノ五重奏曲ニ長調Op.51という珍しい曲が収録されている。日本では初録音である。日本のレーベルがこういう珍しい企画ものを出すのは、最近は珍しくはなくなってきたが、まだまだである。彼の室内楽でいま出ているCDといえば、ピアノ三重奏曲第1,2番と弦楽四重奏曲第1,2番くらいで、そのほかの室内楽を聴きたいと思っていた方も多かったと思う。
 だから、ピアノ五重奏曲が聴けるのはうれしいと思うが、どうせなら、ピアノ三重奏曲第1番以外の曲とカップリングして欲しかったと思う。
 ピアノ五重奏曲は、1900年に書かれ、生前は人気が高かった作品であるが、今では全くと言ってもいい程、忘れ去られてしまった。彼は、結核のためニースで療養生活を送るが、そのときの思い出が強いのか、第2楽章はフランスの古い民謡「アヴィニョンの橋で美女が歌うのを聞いた」の変奏曲が盛り込まれている。
 しばしばチャイコフスキー音楽と西欧音楽の両方の影響が強く、折衷的とさえ評されるアレンスキーであるが、没個性的ではなく、彼ほどわかりやすい音楽を書いた作曲家は珍しいと思う。革新性を狙って、難しい曲を聴かされるよりも、よっぽど心地がいい。革新的。個性的と銘打って、いわゆる「グレート・コンポーザー」の同じ曲を何度も聴かされるのは、ほとほとうんざりしてしまう。
 みなさんはどう感じるであろうか?

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ミニョーネ 街角のワルツーフランシスコ・ミニョーネ作品集

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ミニョーネ 街角のワルツーフランシスコ・ミニョーネ作品集
Maria Josephina Mignone, Miriam Ramos(ピアノ
1993、1997年録音
ALM RECORDS ALCD-7096


  ミニョーネの「12曲の街角のワルツ」は、1938年から43年にかけて作曲された、すべてが短調のピアノ曲である。なんとも哀愁漂う切ない調べで、曲を聴きながら思い浮かべる光景は、夜のガス灯が立ち並ぶ静かな町並みの一角にある門の小さなショットバーで奏でるサロン音楽といったところであろうか。聴いていると、例えていうならば、ちょうどウィスキーのラフロイグ10年ものをロックでつまみを食べながら飲んで、ほろ酔い気分になってちょっとかったるくなった感じといったところであろう。「12曲の街角のワルツ」に似た曲といえば、キューバの作曲家レクオーナのピアノ曲があげられる。
 なお、ミニョーネは、1943年から55年にかけて「12曲の街角のワルツ」の続編と呼ぶべき「12のヴァルサ=ショーロ」を書いている。ヴァルサとはポルトガル語でワルツのことである。ぜひ、「12のヴァルサ=ショーロ」も聴いてみたいと思った。
 ミニョーネは母国ブラジルではヴィラ=ロボスに負けず劣らず人気を誇った国民的作曲家である。もっと日本でも聴かれていい作曲家であると思う。

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2007年10月28日

ビーチ 交響曲「ゲーリック」、ピアノ協奏曲

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ビーチ 交響曲「ゲーリック」、ピアノ協奏曲
Alan Feinberg(ピアノ)、Nashville Symphony Orchestra
Kenneth Schermerhorn(指揮)
2002年録音
NAXOS 8.559139


 エイミー・ビーチは、1867年にアメリカのニューハンプシャー州で生まれ、かなりの神童であったらしく、1歳のときにすでに音楽的才能をあらわしていた。14歳のときに、和声を1年ほど習ったものの、ほとんど独学で作曲をしていたというから驚きだ。彼女の作品のほとんどが作曲後まもなく出版され、特に歌曲とピアノ作品は人気が高く、ピアノ教師が中心となって、アメリカ各地にビーチ・クラブなるものができたほどである。
 このCDに収められている交響曲ホ短調「ゲーリック」作品32とピアノ協奏曲作品45は、彼女の代表作であり、ビーチの入門用CDと言えよう。
 ピアノ協奏曲は、まさに「ドラマティック・ピアノ・コンチェルト」である。
 交響曲ホ短調は、アメリカ女性初の交響曲であり、またアイルランド民謡を主題にした点は、特に重要である。当時、ドヴォルザークアフリカ系アメリカ人の旋律をアメリカ音楽の基礎にしようと提唱していたが、彼女は、アフリカだけでなく、自分の祖先が住んでいたイギリスやアイルランドの旋律を基礎にするように提唱したのである。だが、当時の音楽界は、依然として男性優位の社会であり、彼女の提案は、無碍にも無視されてしまう。もちろん、現代音楽界は男女平等であるが、先人たちの改革がなければなしえなかったことである。

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ベルワルド 交響詩集

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ベルワルド 交響詩
Petri Sakari(指揮)、Patrik Hakansson(ファゴット)
Gavle Symphony Orchestra
2000年録音
NAXOS 8.555370


 ナクソスが出すと、レアなものもレアでないように見えてしまうから不思議だ。1枚1000円という価格設定と国内での普及具合からそう思わせるに違いない。
 ベルワルドの作曲した交響詩で知られているのは、交響詩『ノルウェーの山の物語』ぐらいであろうか?6曲の交響曲のほうが一般に知られているようだ。だが、リストに先立って、1841年と1842年に5つの交響詩を作曲している。生前には母国スウェーデンではほとんど評価されなかったが、確かなオリジナリティーを示している。
 1796年、スウェーデン、ストックホルムに、王立歌劇場のヴァイオリニストの子として生まれる。家系は代々多数の音楽家を輩出する音楽一族の一つであった。1812年に王立歌劇場のヴァイオリニストになる。1829年、ベルリンに出発、そこでメンデルスゾーンらと親交をもつ。1841年にウィーンに赴き、成功を収める。その後、パリ、ザルツブルグ、ウィーンなど各地を訪れた後、1849年にはスウェーデンに帰国して、1864年には、ストックホルム音楽院の作曲の教授となる。
 作風は、シューマンを時折想起させるが、ロマン派マニアの間で、確実にその人気を不動のものにしつつあり、着実にリバイバルが行われるであろうことが予想される。今後のリリース動向が気になる作曲家のひとりである。

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2007年10月25日

セルゲイ・タネーエフ 室内楽曲集

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セルゲイ・タネーエフ 室内楽曲集
Mikhail Pletnev(ピアノ)、今井信子(ヴィオラ)ほか
Deutsche Grammophon 00289 477 5419
2003年録音


 このCDは、ジャケ買いである。絵画を使わず、タネーエフの抽象的な似顔絵を表紙にした、クラシックCDにしては珍しく斬新的なデザインである。昔の作曲家は、ひげをはやしたのが多いが、タネエフもそうだ。
 それにしても、メジャーレーベルにしては、珍しい選曲である。DGも時々、ヤルヴィのシテインベルグの交響曲なんてのを出してくる。演奏人も、プレトニョフと今井信子との共演と豪華だ。
 中身はどうかと店員さんにきいたら、ブラームスだと言われた。
 早速聴いてみたが、店員さんの言う通りだった。まったく、ロシア臭さはなかった。西欧的でポリフォニックだ。
 だが、ブラームスほど、神経質でないのも確かであった。チャイコフスキーの弟子で、ラフマニノフの先生だったらしい。
 まわりが目立って、当の本人は影に隠れてしまったようだ。ちらほらCDも出ているので、ニホンでは全く無名ではないようだ。
 もっと演奏されてしかるべき作曲家ではあると思うが。
 余談だが、私はこのコーナーを書くときは、もちろんそのCDをBGMにして、思いつくままに書いていく。すこしづつ書き溜めていくタイプではなく、思いついたままに一気に書いていくタイプである。

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ハンス・ロット  交響曲第1番ホ長調ほか

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ハンス・ロット  交響曲第1番ホ長調ほか 
セバスティアン・ヴァイグレ(指揮) ミュンヘン放送管弦楽団
アルテ・ノヴァ  BVCEー38080  2003、2004年録音


 ハンス・ロットは、ウィーン音楽院で、ブルックナーらに師事、マーラー同級生でもあった。1878年、ウィーン音楽院の作曲コンクールに交響曲第1番ホ長調の第1楽章を提出。2年後にさらに3楽章を付け加えて演奏時間で約1時間という大作を完成させたが、ブラームスなどの冷ややかな反応に対して発狂、精神病院送りとなってしまう。病院でも自作の楽譜を破り捨てるなど奇行を繰り返し、25才の若さで結核で死去。
 しかし、驚くべきことに、この交響曲1番は、マーラーの交響曲を先取りしているのだ。
 もし、生きていたらマーラーと同じくらいの交響曲作曲家になったに違いないというのが、大方の現在の評価である。
 彼の短い生涯に書かれた作品は、比較的多く残されており、オーストリア国立図書館に保管されている。いま演奏可能なほどの作品のリストがこのCDのライナーノートに書かれており、資料的にも貴重である。
 このCDには、世界初録音となる2曲が収められている。現在、彼の交響曲第1番は、有名になったが、このリストを見る限り、まだまだ発掘されていない作品が多く、これからもリヴァイヴァルされていくと考えられる。

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J.N.フンメル  ピアノ五重奏曲集

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J.N.フンメル  ピアノ五重奏曲集 
ウィーン・ピアノ五重奏団
カメラータ・トウキョウ  CMCD−28055  2004年録音


 フンメルは、オーストリアのピアニスト、作曲家。小さいころから神童とうたわれ、父ヨハネスに音楽を教わった後、1786年から2年間、ウィーンのモーツァルトレッスンをうけ、1787年には、モーツァルトの助力のもと最初の音楽会を開くまでに進歩した。その後、父と共にヨーロッパ中を巡業する。1793年に、ウィーンに戻り、ベートーヴェンと親交を結び、当時は、ベートーヴェンのライバルとして目され、超一流のピアニストとして活躍した。彼に教わった門下生には、チェルニー、ヒラー、メンデルスゾーン、タールベルクなどがいる。
 彼の作品は、交響曲を除いて、声楽曲、器楽曲、そしてすぐれたピアノ曲などほとんどすべての分野にわたっている。初期の作品は、ウィーンの古典主義の影響が濃く、後期の作品は、ショパンに通じるロマン主義の手法を試みている。
 このCDには、世界初録音となる、「七重奏曲 二短調 Op.74」の彼自身による五重奏曲編曲版が収録されている。楽譜は、ウィーンのムジークフェライン・アルヒーフで見つかったものだそうである。曲自体明らかに、同じ時代を共にしたモーツァルトやベートーヴェンの影響が色濃いが、さすが一流のピアニストらしく、ピアノのパートの旋律は美しく、何度聴いても飽きがこない。たくさんCDを持っているので、何を聴こうか迷ってしまうことが多いが、最近は、あまり迷わず、このCDに手が伸びてしまう。まだ、発売されて2週間くらいだが、ほとんど毎日聴いている。
 さて、演奏を担当しているウィーン・ピアノ五重奏団には、日本人のピアニストが参加している。最近、レアな作品の発掘にも日本人の方々が参加している機会が多くなったことは、うれしいことである。

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E.レクオーナ  ピアノ作品全集 VOL.3

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E.レクオーナ  ピアノ作品全集 VOL.3  
トーマス・ティリノ、ピアノ マイケル・バートス指揮 ポーランド国立放送so 
BIS BIS−CDー794  1994,1995,1996年録音


 レクオーナは、キューバ出身の作曲家としては、かなり有名、いや国民的作曲家で、30代で「レクオーナ・キューバンボーイズ」を結成し、リーダとして活躍した人だが、録音に恵まれていなかった。以前は、モートン・グールド指揮のオーケストラ編曲集なるCDで聴けるくらいであった。
 なんといってもおすすめは、世界初録音でトラック1に収められている「Rapsodia Cubana」である。初録音だが、どこかで聞いたことがあるような気がする。最初は、ラテン・テイストでゆったりとした、切なくうっとりとするようなメロディーが続き、そのまま終わるかと思いきや、途中からめちゃサンバ調になり明るくなる。落ち込んだときなどに聴くと元気がでる曲である。
 ここで、紹介するCDは、BISで進行していたレクオーナのピアノ作品全集の第3集だが、いまのところ第5集まで出て、全集の計画が途中で頓挫してしまった。真偽は定かではないが、ある筋の噂によると、この計画をレーベルのBIS主導ですすめていたのだが、ピアノを担当するティリノが、録音したものを持ち込んだのだが、BISの納得のいく録音水準を越えていなかったため、交渉が決裂してしまったということらしい。まったく残念である。ぜひ、計画を再開してほしいものである。あのラヴェルも、レクオーナのピアノ曲を賞賛していたのだ。

posted by shabuchu2008 at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする